歯医者通いをしている。
どうやら義歯を作らねばならないらしい。昨年、胆のう手術を言い渡されたときは驚きが先に立ったが、「みなみさん、義歯を作りましょうか」と、散歩でも誘われるみたいに軽く言われたときは、脱力感を止められなっかた。
うらやましい人がいるとすれば、ニコっと笑ったとき歯が真っ白で、歯並びの美しい人である。僕の子供のころは歯磨き粉は袋に入っていた。確か薄いブルーだった。洗面台のそばに石けんなどと一緒に置いてあり、家族みんなが、歯ブラシに付けて磨いた。濡(ぬ)れた歯ブラシでやるものだから、使っているうちに固まりになってしまう。何とも非衛生的だった。
当時は“磨く”という言葉通り、歯はゴシゴシと歯ブラシを横に引いて磨くものだった。それがいつの間にか西洋式になり、ブラシを上下させて磨くのが正しいと言われた。歯磨き粉もいつの間にかチューブ入りのペースト状のものになったが、いまだに僕らの年代のものは“歯磨き粉”と呼んでいる。昭和が染みついていて取れないのだ。
「今はね、もっと細かく、歯ブラシを持ちかえながら、しっかり磨くんですよ」と先生は能弁になる。若い女性看護師さんに代わってホッとしたら、きっちり1時間、新歯磨きの特訓を受けさせられた。
僕がかつてNHK「みんなのうた」に発表した歌に「虫歯の子供の誕生日」というのがある。誕生日のケーキが楽しみなのに、口を開けたら虫歯だらけで、僕はもうダメだという歌で、自分の体験に基づいたものだ。そのリアリティーが通じるのか、この歌を聞いたあとの子供は「お母さん、歯ブラシちょうだい」と、よく歯を磨くようになった、という話だった。
一生の間に二回も三回も、歯の磨き方を変え、さらに今、電動歯磨き機のレクチャーを受けている僕は、なんだか実験台にされているようでもあるが「歯無しになっては話になりませんからね」というブラックユーモアを、必死に耐えながら笑う寛容を見せ、脱力感に負けまいと必死に戦っている近ごろである。
つづく
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